楽水庵ブログ

「エルゴ依存症?」ヘルニア予防の為にも古典的なトレーニングも

こんにちは、楽水庵です。

この話はボートで使われる「エルゴメーター」についてのものです。
エルゴメーターとは、下の画像のような機械で実際ボートを漕いでいる感覚に近い運動ができ、これの世界大会もあるぐらいです。
ergo.jpg

これを使って2,000mを漕いだ(と想定される)タイムを競う「マシンローイング大会」には登録選手は必ず参加しなければいけません。

さて、先週中日本レガッタにテーピングサービスを行った際の事です。
初日の夕方遅くブースを設置している艇庫で休んでいたら、「すみません、あのエルゴ使ってもいいんでしょうか?」とある男子高校生が尋ねてきました。

シマノさんがブースに置いていたデモ用のエルゴの事で、あれはストレッチャーがSRDなので専用シューズがなければ漕げません。
シューズはシマノさんが車に積んで宿舎に戻ったので、偶然SRD用シューズを手元に持っていたらまあ漕げますが・・・

 

というより、やはり他人様のものを勝手に使わす訳にはいかないので、「あれは他人の物だよ」と言ったら納得して帰ったみたいでした。

中日本レガッタの場合、高校生のレースは2日目からなので、多分その高校生は予選前にかなり不安に駆られていたのではないでしょうか。
気持ちは判ります、ちょっとでもエルゴを漕いで安心したいのでしょう。
また現在のエルゴは分割もでき非常にコンパクトです。
全国高校選抜の際などは、出場しているほとんどの高校がエルゴメーターを持参しています。

ただ、今の選手達に考えてもらいたいのは、我々のような昔漕いでいた者達がレース前にエルゴを漕いでいたか、という点です。
そんなものはありません。
せいぜい「バック台」と呼ばれるスライドシートが付いているもので、それでやっていた程度です。
これはトレーニングというよりも、バック台を並列に並べ長い棒を一緒に持ってローイングのタイミングを合わせる為に使われていました。

エルゴメーターも現在のようなコンパクトの物ではなく、スィープ用の恐ろしく大きな代物で、それも私の18歳当時滋賀県には東レと琵琶湖漕艇場の2箇所に1台ずつしかありませんでした。
それも、ワイヤー方式で頻繁にワイヤーを弛み巻き直さなければいけませんでした。

だから、我々の世代以前はレース前にエルゴを漕ぐなんて事は望んでもできなかったのです。
その点今の時代の選手達は恵まれているかも知れません。

ただ、エルゴがなかったからといって我々の時代の選手達がレースでのパフォーマンスが悪かったかといえば、決してそんな事はなかった。
艇やオールの材質やデザインが大きく変わったのでタイム等で比較できなくなりましたが、我々の時代の達人達の漕ぎは芸術品でした。
今のトップの選手達よりも漕ぎ自体は上手かったと思います。

あまりにもエルゴが身近な存在になったので、所謂「エルゴ依存症」に陥っているのではと感じてしまいます。

では、エルゴのなかった時代我々はどんなトレーニングや練習をしていたのでしょう?
「バック台」もありましたが、単独ではあまりトレーニングにならなかったのは事実です。
それよりも「ディーリング」というものをよくやっていました。
ちょっと旧い動画ですが、以前撮ったものがあります。

所謂ウエイトリフティングの「ハイプル」に近いもので、それよりも股関節や膝関節の屈曲が大きいのが特徴です。
今「C2サーキット」としてボート選手がやるように指導されているサーキットトレーニングの中にもハイプルが入っていましたが、これを自重だけで150本とか高校時分やっていました。
おそらくあの年代のボート選手はほとんどやっていたのではないでしょうか。

これをやる事によって、ボートとは「ウエイトリフティング」を鉛直方向ではなく水平方向にするものだと身体で覚えていったのだと感じます。
ウエイトリフティングの基本は「スクワット」、大殿筋という大きな筋肉を使ってドライブを始動するというのを判っていったのです。

下手な図ですが書いてみました。

squat_zukai.jpg

これを特に初心者はエルゴでは実感できないのです。
また、「スクワットをやっているから必要ないんじゃ」と思われる方もおられると思いますが、私の見ている限りボート選手のスクワットは好い加減なものが多い。
ウエイトリフティング競技のスクワットのようにしっかりしゃがんでおらずハーフ気味なものがほとんどです。
ハーフからだと前の大腿四頭筋で挙げられます。
だから、体感できないのです。

では、何故大腿四頭筋で始動すると腰を傷めるのでしょう?
図に書いたように先に大腿四頭筋から始動すると、ドライブ後半で所謂「バックを取る」為に大殿筋を使わなければいけません。
ただでさえ膝を先に伸ばした為に上体が前に行こうとしている分も後で大臀筋や脊柱起立筋で補わなければいけないのです。
また、ドライブの始動で大臀筋を使うのは「腸腰筋」の筋反射を使える点でも理に適っています。
やはり長時間同じ動作をするには上手く筋反射も使えなければいけません。

そういう事がしっかりできないとやはり腰に負担が掛かり、特に腰椎4-5番間の椎間板を傷めてしまいます。

また、エルゴメーターはカラオケの採点機みたいに「あなたの身体の使い方は間違っていますよ」とは教えてくれません。
どんな体の使い方をしてもパワー・心肺能力のある選手ならそこそこのスコアは出せます。
「スコアが出せる新人が入ってきた!」と喜んでいたら、後にヘルニアになって漕げなくなったという事態になったチームはありませんか?
最初に正しい身体の使い方を教えてあげていないからです。
別にボートをやっていなくても他の競技とかをやっていた人なら結構スコアは出せます。
最近野球選手のトレーニングでエルゴメーターが盛んに取り入れられていますが、500m程度ならボート選手のスコアを出すのはざらです。
しかし、ボート選手のようにその動きをずっとやっていると、適性な身体の使い方をしていないと腰を傷めるでしょう。

ある大学のボート選手が今うちに通っています。
入部3ヶ月で腰を傷め、漕ぐのを諦めマネージャーに転向しようと考えていたようですがもう一度漕手として復帰を目指して着々とトレーニングを重ねています。
彼のケースも確認してみたら、やはりドライブの始動が大殿筋ではなく大腿四頭筋でした。
それを大殿筋で始動するようにアドバイスしたら、エルゴではだいぶできるようになったが実際の乗艇ではスキル不足の為にまだしっかりできないとの事です。
こういう点がしっかり修正できるようになったら彼は良い漕手になってくれるでしょう。

新入部員にエルゴを漕がせるのが絶対にダメとは言うつもりはありません。
ただ、こういう点にも十分留意していただき、折角ボートをやろうと入ってきてくれた子達を大事に育ててほしいと思います。

*ここからは敢えて書きます、風当たりも強いでしょうが・・・
もちろん、上に書いた事でも例外的な選手もいます。
今や日本ボート界のレジェンドになっている選手もそうです(こうとしか現時点では書けませんね、私も立場があるので)
彼の実績等は誰も批判できない素晴らしいものです。
しかし、彼の漕ぎ方は彼の身体の特性とかを生かした一種の「芸術品」ですから一般的な選手は真似できません。
真似すると途端に故障するでしょう。
また、彼自身も腰や膝の故障で悩まされているのはボート界の方達ならご存知でしょうから。

楽水庵











 


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