楽水庵ブログ

「筋肉・筋膜リリース」は究極のストレッチング

試行錯誤を重ねて筋肉・筋膜リリースの精度を上げている。
まだまだ改良できると思う。
ただインスピレーションがパッと沸く時とそうでない時があり、沸いた時には更に進化したものになる筈。

さて、昨日も学生時代ボクシングをされていて、今もスポーツジムで汗を流しておられる方とこの施術について話していたのだが、双方共に「これは究極のストレッチングではないか」という事で意見が一致した。

所謂ストレッチングは筋肉を伸ばそうとする。
しかし、人間の筋肉は自分の意志で伸ばす事はできない。
できるのは「縮める」方。
だから無理して伸ばそうとすると、腱や靭帯までも伸ばしてしまいスポーツ障害を発症してしまいます。

特に首が辛い時に無理して伸ばそうとすると、首の筋肉は弱いので直ぐに傷める危険がある。
仙腸関節も然り。

こう書くと、まるでストレッチングは完全に「悪者」扱いをしているようだが、実はそうではない。

こじ付けかも知れないが、自分の若い頃は「運動中は水を飲むな」と言われた。
そして、これは恐らく「運動中に一度に大量の水を飲むとバテるから、そういう飲み方をするな」というアドバイスが拡大解釈されたものであると想像される。
「根性論」とも相まって、この拡大解釈が世間に拡がっていったのだろう。

さて、ストレッチングだが、これも「筋肉を弛める」という目的で生まれたものだろうと自分は思っているが、それが段々と「筋肉を伸ばす」という風に歪められてきたのではないかと感じる。

実は今でもスポーツ障害等を発症した時に、「筋を伸ばした」との表現があるぐらいなのだから、本能的に筋肉を伸ばしてしまうのは危ないのを皆知っているのだが、「ストレッチングは身体に良い」との考え方が広まったので、何となく良いのかもと思い実行しているのではないだろうか?

しかし、「伸ばす」のではなく「弛める」事は筋肉にとって非常に大事(弛み過ぎは勿論良くないが)。
何にしても緊張しっぱなしは良くない。
また、ここで誤解が生じるが、筋肉の緊張とは筋肉が一番縮んだ状態だけで起こるとは限らない。
中途半端なところで起こる事もあるし、それこそ過度なストレッチングをすると伸びきったところで緊張している事も多々ある。

「筋肉を弛める」には二通りある。

一つは、弛めようと思う筋肉の「拮抗筋」、つまり反対の動きをする筋肉を縮めていく事。
例えば、上腕三頭筋を弛めたかったら上腕二頭筋を縮める。
詰り力こぶを作るようにすれば良い訳。
そうすると、上腕三頭筋は勝手に弛んでいく。
この際、意識は主に拮抗筋の上腕二頭筋の方へ持っていくと良い。
たまに上腕三頭筋はどうなっているか感じる程度の方が上手く弛んでくれる。

首なら大抵、反対側に付いている同じ筋肉を縮めようとすると、狙っている側の筋肉が弛んでくれる。

そして、もう一つは自分のやっている「筋肉・筋膜リリース」
これは、どんな深層筋(インナーマッスル)でもそれは皮膚・浅筋膜の動きに影響を受けている事から考え出したもの。

狙っている筋肉上の皮膚を操作しながら、筋肉を最大収縮から伸展状態に動かし弛めていくもの。
だから、ここで大事なのは筋肉の伸びや関節可動域の増加ではなく、如何にその筋肉が弛んだか、である。
結果的に筋肉・筋膜が弛めば関節可動域は増加するが、先に関節可動域の増加だけを目的とすると、それこそスポーツ障害発症の元である。
よくテレビとかでタレントがジム等で無理なストレッチングをされて悲鳴を上げている事があるが、あれはテレビ的に絵になるからやっているので、あれを本気でやる・やらすのは正しく「愚の骨頂」でしかない。

最近はストレッチングという言葉が「独り歩き」してしまっていて、元々そうではないような方法も一括りで「ストレッチング」とされてしまっている。

ただ、上にも書いたように、意識を変えるだけでかなり効果に違いが出、故障の発生も変わってくる。

もちろん、その辺りを熟知しておられれば大丈夫なのだろうが、あまりにもストレッチング(特に首)をして余計に傷めておられる方が多いので、こういう長文を書かせていただいた。

最後までお読みくださり、誠にありがとうございます。



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